「救急車は呼ばないで」今でも思い悩む、あの時の行動
救急車を呼ばない約束をしていたものの、容態が急変して緊急搬送されたがん末期の女性 約束を破ってとっさにとった行動と、その後悔から生まれた訪問看護師として必要な役割とは
インタビューご協力者
山田 千代美
管理者 看護師
訪問看護ステーションこんにちわ
「救急車は呼ばないで」今でも思い悩む、あの時の行動
山田さんが今でも考えてしまう利用者さんがいます。
ステーションを立ち上げてすぐの頃、最初にお看取りをした、70代後半で癌末期だった女性の方。すい臓、大腸、胃とガンが進行してしまっている方でした。
ご本人が身辺整理をする目的もあって、その女性は一時退院して自宅に戻ることに。しかし、お部屋の環境が整っておらず、往診の先生からも「とてもここでは診れない」とNGが出てしまいました。
そこで名乗りをあげてくれたのは、離婚した元旦那さん。女性はシングルで独居だったものの、元旦那さんと同じマンションの別の部屋に住んでいました。そのため、元旦那さんの部屋でベッドを借りることに。
元旦那さんからは「(本人も望んでいないし)亡くなった後、検死にかけたくないので、救急車を呼ばないで下さい」といった希望をもらっていたという山田さん。
それだけガンがいたるところに転移して末期を迎えていたとなると、当然の希望だったかもしれません。
しかし、その直後に女性の容態が急変。
呼吸が止まりそうになっていたため、慌てた山田さんは救急車を呼んでしまったそう。そして搬送後に逝去し、検死がなされることに。
山田さんは「元旦那さんと事前に約束をしていたのに、本当に申し訳ないことをした」と後悔したと振り返ります。
しかし、当の元旦那さんは山田さんを責めることは一切ありませんでした。
いろいろと思うことはあったはずでしたが、「元妻のために、山田さんが最後まで一生懸命やってくれたことはわかっていますから」と声をかけてくださったそうです。
呼吸が止まりそうとはいえ、まだ少しでも息がある状態だったので、救急車で搬送して病院で処置をした方が良いのではないかと考えた山田さん。女性の容態が急変し、とにかくすぐに判断しなければいけなかったがゆえにくだした判断でした。
しかし、今も「あの時、ご本人たちの希望通り、そのままご自宅で息を引き取った方が良かったのかもしれない」と思うことがあるんだとか。あの時の自分はどうすれば良かったのか、何が正解だったのか。家族との約束、一瞬の判断。山田さんの心の中に、訪問看護におけるお看取りの難しさがしっかりと刻まれた出来事でした。
その出来事から時間が経った今、「あの時の自分には家で看取る勇気、看取らせる勇気が足りなかったんだ」ということを痛く感じていると、山田さんは振り返ります。
そして、それからお看取りを経験していくにつれて、「利用者さんや家族に心づもりをさせる」ということが、看護師としての大きな仕事なのだと自分なりにわかってきたと言います。
ご家族が時間を共有していく中で、「この人は間もなく亡くなるのだな」とわかっていくと、緊張感がほぐれ、肩の力が抜けていく瞬間ができる。そして、お亡くなりになった後には、「亡くなったのは残念だけど、やり切ったよね」と、穏やかな最期にすることができる。
山田さんがこの女性と元旦那さんを通じて経た経験は、ただの後悔に終わったのではなく、自分自身の看護師人生における大切な役割を教えてくれたものとなりました。
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