元路上生活者の失語症男性を救った、10年間にも及ぶ訪問の軌跡
脳梗塞の後遺症から失語症になってしまった元路上生活者の男性が、あらゆる転居先もうまくいかない中で辿り着いたのは自立支援施設だった 10年という長い年月男性に寄り添った看護師の尽力とは
インタビューご協力者
伊原 香子
管理者看護師
訪問看護ステーションたいとう
元路上生活者の失語症男性を救った、10年間にも及ぶ訪問の軌跡
”労働者の街“とも言われ、低所得者層が多い山谷近くに事業所を構える訪問看護ステーションたいとう。
利用者さんの中にもこうした方は少なくないそうですが、伊原さんは、お一人お一人が望む事を、できる限りみんなで手を取り合って提供するというポリシーのもと訪問を行っています。
そんな伊原さんが印象に残っているというのが、かつては路上生活者だったという当時70歳だった男性。なんと10年近く訪問看護師としてかかわりました。
男性は、アパート暮らしをしていたものの、ある日突然失語症になってしまったそうです。
言葉が出てこないために、自分自身に何が起こっているのかもよく理解ができていない状態でした。
伊原さんが訪問看護とケアマネージャーとして関わっていく中で判明したのは、その方の失語症は脳梗塞の後遺症だったということ。
路上生活をしていたとは思えないほどお家をキレイにされていた方でしたが、失語症になったことで生活のバランスを保つことができなくなっていました。
言葉が話せないことと同時に、徐々に認知症も進行していたため、介入した当初は「帰れ」「何しに来たんだ」といった門前払いをくらうこともしょっちゅうあったそう。
そんな中でも何度も通いつめ、ジェスチャーや顔の表情でコミュニケーションを取っていくうちに心を開いてくれました。
しばらくすると、一人での生活は困難になってきました。ケアスタッフで連携し、ヘルパーを導入したり、施設に入居したりと色々な場所、色々な方との関わりを模索しました。しかし、いずれも折り合いが難しくなって断念。
男性は体調の悪化により救急搬送しても、勝手に帰って来てしまう状況で、現状の生活を受け入れることは困難なようでした。伊原さんは生活保護課とも相談しながら、男性の居場所を必死に探しました。
最終的に、その方は自立支援施設に入ることに。
伊原さんも訪問看護に入り、職員の方と一緒に手を繋いで町の中を歩くなど信頼関係を築いている様子を見守りながら、男性は施設で半年ほどを過ごしました。
最期は施設の入居者みんなが男性をお看取りしました。
お看取りもさることながら、お葬式も、面倒を見てくれた方や施設の職員さんなど多くの方に見守られたお見送りとなりました。
単なる訪問看護ということだけでなく、他の方との関わり方や居場所探しなど対応に奔走した10年でしたが「やりがいがあった」と振り返る伊原さん。
地域性もあるケースではありますが、どんな場所にも様々な生活背景を持つ人が暮らしていることは事実です。
どんな利用者さんであれ、一対一のお付き合いに対する喜びや人生をサポートする生きがいを長い期間一人の方に寄り添って感じていけるのは、その人が暮らす地域で支援をする訪問看護ならでは。
10年という本当に長い期間この男性の人生に寄り添った経験は、きっと伊原さんの中で他の何にも代えがたいものとなっているのでしょう。
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